年の瀬にこんなクソ重い話を書くもんじゃないとは思うんだけど、だいぶ前に書きかけで放置しちゃった文章が出てきて、このタイミングで書ききっておかないと一生表に出さないなと思ったので。
※割とクソ重な内容なので読むの気をつけて
長いので目次をつけておきます。よろしければご活用ください
ラウールの中にアリス・L・マルヴィンを見た
少し前の話になるけれど。
Snow Manのデビューコンサート。2D.2D.
延期、中止を経ての無観客生配信で決行された、彼らの一生に一度のデビューコンサート。
本当は全ステしたかったけど実はこの4日間クソみそに忙しくて9公演中4公演しか見れなかった(しかも合間に仕事の電話とかかかってきたり予定変更とかもあったのでほぼ全公演がぶつ切りという体たらく)。
全部ちゃんと見られないならお金の無駄じゃない?と言われるかもしれないけど、逆にあれだけ忙しくてメンタルをゴリゴリに削られてた中で、ほんの幾ばくかでも癒しと推し事がなければ絶対に生きてられなかった。
一部であっても、「それを見る権利」に金を払ってるんだから全くもって後悔はなかったし、買ってよかった、全部じゃないけど見られてよかったと思える内容だった。
それでまぁ、オーラスでの話。
1番最後、メンバーが順番に挨拶をしていく場面で。
ラウちゃんのね?
彼の言葉が。すごく刺さったんですよ。
「俺は、絶対にスターになるんで」
「その難しい道を、自分を曲げてまで避けるつもりはないんで」
「僕は不器用なとこがあって、たまにボロが出る。僕も人間だし、何かを言われて悲しくなる」
「でも、僕はいいんだけど、僕を好きでいてくれる人が悲しい気持ちになるのは、ちょっと、ていうか、だいぶ、ごめん」
「でも、僕らを応援する人、Snow Manを応援する人が大多数になるんで。みんなが、多数派になるんで」
こんなニュアンスだったと思う。
別公演で言ってた言葉たちもすごく印象に残ってるけど。
でも、私はこの日のラウちゃんにはすごくグッときた。
なんだろう、この子は本当に心がしっかりした子というか、悲しくなるくらいに色々が見えている子なんだろうなと思った。
ラウちゃんは、自分が今感じていることを全然偽ることなく伝えてくれる。
多感なこの時期に、時に吹きさらしみたいな空間に置かれて暴風雨を丸腰で浴びるような、そんな瞬間は何度もあったと思う。それは、今も。
その度にラウちゃんは「僕は頑張ってる」も「頑張る」も「嬉しい」も「しんどい」も、伝えようとしてくれる人で。
悪い意味で日本人的な考えが根底にあり過ぎると、「自分から頑張ってるなんて口にすべきじゃない」とか、「謙遜しろよ」とか、言われたりするのかもしれないけど。そういうことを口にできる強さってものを、17歳にして彼は持っている。
それは、覚悟でありいい意味での苦しみなんだと、私は思う。
実際にラウちゃんがそう思っているか否かは、私は彼じゃないから分かんないけど。
でも、私は強い覚悟を持って色んな、ともすれば聞く方すら身構えてしまうような言葉を届けてくれるラウちゃんを見る度に、この子はきっと、望んでこの苦しみを選んでいるんだろうなと思う。
そういう時、私が好きなとある漫画に出てきた例え話を思い出す。
――絵を生業とする者がいるとするだろ?
――食えてはいる…けれど、いつも いつも どうしても
――納得できるモノにならず苦悩する
――その あまりの 苦しみように
――善意から「苦しむだけなのだからそんなことはやめなさい」と止める者がいるかもしれない
――あるいは「自分が好きでやっていることなのだから文句を言うな」と諌める者がいるかもしれない
―――違うのだ
―――どちらも違う…
―――“コレ”はそういうものじゃないんだ
―――この“苦しみ”は
―――武器であり 感覚器なんだ
――苦しいのが良いわけない
――でも 苦しみを喜びに近づける戦いに勝つためには
――苦しみという器官で 打破すべき不可視の敵影を捉える必要があるのだ
――手放せぬと言ったその感覚に押し負けて…
――身勝手にも弱音を吐くこともあるだろう
――でも…でもまだ 戦ってる最中なんだ
―――生ある限り 苦しみも またあるのなら
―――その“苦しみの種類”を選べることこそが
―――納得できる戦いであり
―――転じて生き甲斐と言うのではないか
(パンプキン・シザーズ 22巻より一部抜粋)
私がラウちゃんを本物のスターだと思ってる話
この子はきっと本当に人を惹きつけるスターになるんだろうなと確信するわけ。
ダンスの上手さっていうのは勿論なんだけど、体の動かし方とか、立ち振る舞いとか、理屈じゃないところがザワザワする。
理屈とは違うところで否応なしに惹き付けられ、“ラウールという存在”に目と心を奪われる感覚がある。
自担ではないけれど、そういう風に感じて、言語化するのも野暮だって思っちゃうくらいに魅せられる度に、“カリスマ”ってこういうことで、“スター”ってこういう人を指すんだろうなって、思う。
で、いつの世もスターってものは目立つ。人の目を引いてしまうから。「素敵」って思うとか以前に、勝手に魅せられてしまうから。
頭で処理するよりも先に本能が惹かれてしまって、目に止まるから。
だからこその“やっかみ”とか、色々と、そういうのがあるんだろうけど。
“スター”ラウールが歩む道のりで、きっと今後も彼はそういうものに晒される。
だって彼が「スターになる」と言ったから。
あれだけ色んなものが見えていて、頭の回転が早くて聡明な子が、その道のりや展望が見えてないはずがない。
何が待ち受けてるかって、きっと全部分かってて言ってる。
選んだスターへの道に転がってる“苦しみ”も分かってて、そうなるって言ってるんだと思う。
時に、彼を大切に思う人がその苦しみを味わいながら進むことを望まない瞬間があるだろうことも。
だったら、私は彼が選んだその“苦しみ”ごと、彼が選び取った人生を尊重したいし受け入れたい。
彼の人生をまるっと全部肯定したい。
もちろん、本音を言えばそんな“苦しみ”を選ばないでほしい。
こんなに可愛くて、愛らしくて、あったかい毛布越しに優しく抱きしめたくなるようなキラキラした存在が、ほんの一瞬であってもその輝きに翳りが見えるような瞬間なんてあってほしくない。
でも、ラウちゃんってきっと特別な子で。
あのキラキラした感じって、多分どうやったって隠せないと思うわけ。
ともすればめちゃくちゃな過大評価だけど。
ラウちゃんって、スターになるしかない子にすら、私には見えてる。
ラウールを全身全霊で大切にしている人
だいたいこのくらいまで書いた辺りで「いや、これ一介のファンが、しかもラウちゃんじゃなくて他のメンバーのファンを公言してる人間が言えることではねぇな」と思って書くのをやめた。
11月頭くらいのことだった。
そしたら、その月のMYOJOに掲載された宮舘さんの1万字インタビューにて。
宮舘さんがメンバーに贈った言葉の中で。
ラウちゃんに捧げた言葉がとてもとても好きだったから。
※これとほぼ同じ内容はツイートしたんだけど、誤字がひどいわ文章が成立してない部分があるわで見るに耐えなかったので書き直して以下に続ける
※それぞれ別日に書いてるからこれまで書いてきた内容と重複する部分があるのは見逃してほしい
宮舘さんが普段からラウちゃんのことをすごく大事に見守ってるんだろうなってのは前々から分かってるつもりでいたけど、ラウちゃんのことを話す時には他の誰に向けるより的確な言葉を探そうとしている宮舘さんってつくづくラウちゃんのこと大切なんだなと実感した。
あの若さで自分たちの中へ飛び込んできて、センターに立たなきゃいけないことの恐怖とか、でもそれを彼がやる使命への賞賛とか。そういうのがすごく強い。
何より、あのインタビューがいつあったものなのかは分からないけど(本誌の撮影でのラウちゃんの髪色の変化を見るに多分コンサート後の撮影かな)、ラウちゃんがオーラスで言った言葉をそのまま投げかける宮舘さんがすごく好きだったんだ。
もしその月の撮影をしたのと同じ時に、一緒にインタビューもやったんだとしたら、アレはラウちゃんの決意をそのまま肯定してるってことで。
壁を避ける方法を選ばないっていうラウちゃんの決意はすごくしんどい時だってあると思うし、大人になるにつれ賢さを覚え、ずる賢くなればなるほど避けてしまう(=楽な)道を無意識に選びたくなるものだと思う。あるいは見ている側がその困難から遠ざけたいと思ってしまうものだとも思う(そんなしんどい思いしないでって)。
でも本人の視点に立ったら、それは決意を否定されてることになりかねなくて。だから、私はメンバーの誰かに、ラウちゃんの壮大で険しい決意を肯定してあげてほしいなって思ってたから。
その険しさを分かった上で、放ったらかしにして任せちゃうんじゃなくて、ちゃんと、その道のりごと肯定してあげてほしいって。
大事にしてあげたいからこそファンはその険しさから遠ざかっていてほしいって思うものだから。
大事だからこそ、いっぱいお兄ちゃん達に甘えていてほしいと思うし、大事だからこそ辛い思いをしないでって思うものだから。
メンバーも当たり前にラウちゃんが大事で、守ろうとしてるのは痛いほどに分かるし、それが目に見えて分かるほどラウちゃんは実際に大切にされてると思う。
だからこそ一方で、ラウちゃんの決意を、険しさごと、その険しさを敢えて貫こうとするラウちゃんごと良いも悪いも肯定してあげる人が、1番近い中に1人でもいてあげてほしいなと思ってた。
ラウちゃんが甘やかされる優しさも見守られる優しさも、時に奮い立たせられるような優しさも、時と場合によってどれでも選べるように。
お兄ちゃん達はきっとちゃんとラウちゃんの決意を分かってるんだろうとは思ってるけど、「壁を器用に避けるやり方を覚えないで」「変に何かに染まらないで」って、これも他者が言葉にするのってすごく覚悟がいることだと思う。
だって、ともすれば「傷つくって分かっててもそれを選べ」と言われてるように感じる瞬間だってあると思う。
「何度でもぶつかればいい」ラウちゃんの決意を肯定する一方で、宮舘さんは決して「金輪際、傷つかないで」と言ってるわけじゃない。ラウちゃんが傷つくかもしれない瞬間も、彼がそれを選んだならその傷ごと肯定するつもりなんじゃないかなって思う。
何かあっても、自分たちで守ってあげようとしてるから。
「矢面には自分たちが立つから、何にも染まらないで」って、多分そういうことなんだと思う。
時に宮舘涼太がするようにラウールを愛したい
私は、宮舘さんのこれを愛だと思う。
いつもじっと見守っている宮舘さんは、ラウちゃんが無垢に楽しむことも誰かに甘えることも否定しないし、重い覚悟を背負うことも止めはしない。
愛をもって、Snow Manの中にいるラウールという男の子を全力で大切にしようとしているんだと思う。
強い覚悟をもった愛情だと、私は思う。
もちろん、こんな覚悟をするのは全員じゃなくていい。
メンバーも、ファンも、全員が全員それを感じてなくてもいい。
というかみんながそれを感じたらそれはそれで駄目だと思う
ラウちゃんが選べる選択肢の1つであれば、それで。
前述したけれど、ラウちゃんが能動的に甘えにいける人がいて、望む前に甘やかしてくれる人がいて、受け入れるのも冗談で拒否するのもラウちゃんの自由で、ただ距離を保って見守ってくれる人もいて。その中に、彼が傷つくかもしれない瞬間ごと苦しみを選ぶことを肯定する人がいて。
ラウちゃんがその時々でどの優しさを選ぶかは自由で。
その選択肢は多ければ多いほどいいと思う。
前に別の記事で宮舘さんはラウちゃんが選べる優しさの選択肢を増やしてあげてるのかなって感じる、と書いたけど。
私はこれも、その1つだと思う。
宮舘さんはグループのセンターではないけれど、メンバーカラーが赤の人として、きっと“センター”というポジションに対する一家言をもっているんだろうなと感じるから。
できることなら、私もラウちゃんが選ぶものを何でも受け止めたいなと思ってる。
私の大好きな人が彼を大切にするように。
時にスターに魅せられるように。
時に大切に思う故に甘やかしもしたい。
甘え、甘やかされ、色んな方向から大事にされながら。
ラウールという特別に大切な存在が、2021年も輝いてくれますように