主にひとりごと

タイトル通り、ときぶいすの担によるひとりごとです。感じたことを語ったり、好きなことを話したり

サイテーなアイドルバンドを好きになった話

2020年7月22日
TOKIOのボーカル長瀬智也が、21年3月をもってジャニーズ事務所を退所するという一報が告げられた。


ショックだった。
全身が重く痛い感覚がして、心がどこかへいってしまいそうだった。
息をするのも苦しくなった。
虚無感ってこういうことなのかって思った。

でも、
全く覚悟しなかったといえば嘘になる。
それは、何年も前から囁かれた雑に不安を煽るだけの週刊誌報道によるものではなく。
長瀬智也の、音楽への拘りを少なからず知っているつもりだったから。
TOKIOへの拘りも。
音楽への愛情も。
少なくとも、TOKIOを農家だなんだと揶揄して面白おかしく笑う人よりは知ってるつもり。

だから、心のどこかでこの結果を予想してもいた。
その度に、そんなことにならなければいいと思いながら。
でもきっと、「本当にそうなった時」に。
自分の心と体が駄目になってしまわないように。
ショックをほんの少しでも軽減できるように。
杞憂に終わってほしいって思いながら、そういう覚悟もしてきていたと思う。



長瀬智也の退所。
これだけ聞くと、山口の一件だとか、グループへの不満・不仲説、事務所の陰謀。あらゆる悪い方面への憶測が飛び交うことと思う(実際それもたくさん見た)。
でも彼は。
どの瞬間もTOKIOが好きで。
TOKIOの音楽”が好きで。
馬鹿みたいに音楽に熱心で。
だから、少なくとも不仲や陰謀なんていうアホな理由は有り得ない。
それだけは、分かってる。
ただ、山口の一件。
TOKIOから、音がひとつ欠けてしまったことは。
もしかしたら彼にとってでかかったのかなって、私は思ってしまった(※※後にメンバーによって否定が入る)(※後述する)。


かつて長瀬は
TOKIOはアイドルバンドです」
「僕はシンガーではなくバンドのボーカル」
と言ったことがある。
バンドっていうのは、やりたい音楽の追求とか色んな理由で、メンバーチェンジは珍しくない。1人の人が複数のバンドを掛け持ちしたり、その時限りの加入なんてのもあると聞く。
でも、“アイドルバンド”っていうのは、「このメンバーが」やることに意義を見い出してる。
この時ベイベは、他の“アイドルバンド”としてチェッカーズの名前を挙げていた。

2019年、山口が事務所を辞めてから1年経って、TOKIOと彼らの音楽はどうなってしまうんだろうってずっと怖くて。
もちろん、彼らの音楽に惚れたからバンドやってる姿は見たい。
でも、ベースがいないバンドなんて有り得ない。
かといってTOKIOが自分たちの音楽に拘りとプライドを持ってるのは知ってるつもりだったから、安易にサポートベースを入れて再出発しますって言われた時に二つ返事で受け入れられる自信が私にはない。
彼らが何を選んでも受け入れる覚悟をしていたけど一方でずっとビクビクしていた頃に、ベイベがファンにくれた言葉が、それだった。


TOKIOは“アイドルバンド”
長瀬智也は“アイドルバンド”TOKIOのボーカル


この言い回しが、私が愛する“TOKIOの音楽”への1つの正解を教えてくれた。
リーダーが昔から一貫して「ジャニーズですから」「アイドルですから」って笑う、その言葉とも線が繋がって。ジャニーズ事務所に所属するアイドルバンドTOKIOっていう彼らへの愛情がいっそう深くなった。
「“それでも”貴方たちの音楽が見たい」
「私は“TOKIOの音楽”が見たい」
「でも彼らは“アイドルバンド”だから」
相反する自分の気持ちを心にいくつも漂わせながら、彼らの現状に対して抱える気持ちを“不安”ではなく“期待”に変えることができたのは、この言葉があったから。



だから、実を言うと私は今回の退所に伴うそれ以降の長瀬智也の進む先を聞いたときに、心のどこかで安心してしまった部分もあった。
「この人はきっとどこまでも“TOKIOのボーカル”という事実を大事にしてくれる」
勝手かもしれないけど、そう思った。
だって彼ほどの人ならソロ活動はできたはず。
いくらでも。
自分で音を生み出して、編集して、歌って。そんなふうにすることはできる。
何せ近年はTOKIOの最強の音楽プロデューサーだったんだから。
でも、彼は「TOKIO長瀬智也」としてソロ活動はしなかった。
何故って、彼は「バンドのボーカル」だから。
1年前、TOKIOのファンである私の心を救ってくれた「TOKIO長瀬智也」が。
今回のこの選択をして尚、そこに居てくれた。


それでも、ショックはショックだった。
受け入れられるとか受け入れられないとか、そういうのとは根本的に別のところで、その事実が知らされたことはものすごく強くつよく私の心を引き裂いてきて。
でも受け入れなきゃなぁ、って。
私が大好きな人の、人生の選択なんだから。
泣いて惜しむくらいだったら背中叩いて送り出したいよなぁ、って。
心がざわざわしながら、ショックを持て余しつつ少しでも前向きになろうとしてた。



でも、そこからTOKIOに関して思いがけない事実がたくさん知らされた。

22日の午後11時。タヒチは何を語るんだろうってビクビクしながら「報告」を聞いて。
「僕らTOKIOは4人ではなく5人です」
って。
この言葉を聞いた時に、ようやく色んな感情が表に出てきて、5分くらいずっと泣いてた。
2分ちょっとの動画を見るのに10分かかった。
色んなことが、いっぺんに腑に落ちた。
やっぱり、TOKIOはアイドルバンドだったんだなぁって思った。

2年前、山口を除く4人で記者会見に応じた時のこと。
「4人でのTOKIOが世間から必要とされなければ、そんなものは無くしてしまえばいい」
という旨の発言をしたのは松岡だった。
私は、TOKIOがどんな形になろうとも、どんな選択をしようとも。それが彼らの人生の選択であるのならそれを受け止めようって、それだけは決めていて。
TOKIOの音楽”が好き。聞きたい。
この気持ちを言うのは、もしかしたら今もこうして4人で活動してくれているTOKIOを否定することに繋がるんじゃないのか、って。
そしたらもう、私が好きな「TOKIO」というグループが、地続きで形が変わってもそこに在り続けてくれる“イマ”ごと無くなってしまうんじゃないのか、って。すごくすごく怖かった。
私は“TOKIOの音楽”が好きだけど。
何よりも「TOKIO」が好きだから。
その2つが、私の中で1つではなく2つに分かれてしまった時からずっと、ずっと口にするのが怖かった。
今や一般人になってなお、雑な復帰説が囁かれる度に山口が強い言葉で糾弾されるのも。
擁護する気持ちではなく、でも“TOKIOの音楽”を切望することも。
どちらも、完全な正解だと私には思えなくて。
だから今までずっと、人数を含むこういう件には意図的に触れずにいたんだけど。

5人での友情、強い絆は、いつまで経ってもなくなることはないんだって。
形が変わっても、それだけは変わらないんだって。
太一くんが、真っ先に自分の声で、言葉で教えてくれた。
“それ”も含めて、“人”も、“経緯”も、“これから”も、何もかもひっくるめて、「TOKIOは5人なんだ」と主張してもいいんだって。
やっと、安心して泣くことができた。
勝手に切り離してしまっていた自分が馬鹿らしくなった。
TOKIOは、今も私が好きになった“アイドルバンド”そのものだった。




朝を迎えて。
各種WSでベイベに関する報道がスポーツ紙を独占する中で。
聞いたことないインタビュー記事の見出しがいっぱい出てきた。
リーダーと、太一くんと、マボさんが、スポーツ紙を相手にやった囲み取材の記事。

後から、事前に3人がスポーツ紙の記者を集めて全部話そうとしてくれたことを知った。
どこまでもバカ正直で、「TOKIO」というグループが大好きで。
音楽以外の生き方がめちゃくちゃ下手くそな人たちの、「株式会社TOKIO」による戦略(?)に改めて心を救われた。

https://news.yahoo.co.jp/articles/d4b371ea1583d931e307e7c51e8ac951753d2b83

https://www.news-postseven.com/archives/20200723_1580940.html?DETAIL

・ベイベのやりたい方向性は数年前(アルバム作りの話から、山口が脱退する前)からチラホラ察しがつく形での投げかけがあった
・長瀬の行く末について、本当はもっと喧嘩したかったけど、やっぱり自分たちも大人になってた(から割とすんなり受け入れた)
長瀬智也は「引退」はしない
・ジャニーさんからもらった「TOKIO」という名前、屋号は守りたかった
・新会社に関してはベイベも了承済。ぐっさんにも報告はしてある
・言う機会がなかっただけで、5人は今も変わらぬ繋がりがある
・ファンクラブは継続

インタビュー中の小さなやり取りや言い回し、言葉の端々から、私が好きになったTOKIOの空気を感じられて。
間違いなく、私が好きなTOKIOだったし。このTOKIOを、改めてもう1回好きになった。


https://news.yahoo.co.jp/articles/e27f40f00d62eccaea380ebacf515ee6911bb7ef?page=2


・25周年ライブは、やろうと思えばできた(でもやらなかった )
・解散じゃないから現状、長瀬退所までの期間にもライブの予定はない。



サイテーだなコイツら(笑)


誤解を恐れずに言えば、素直にそう思った。
「“それでも”音楽やってるTOKIOが見たい」と思うファンがきっと多くいることを知ってるくせに。知ってたくせに。
解散するわけじゃないから。
祭りのあとみたいな感覚を味わわせたくないから。
一区切りをつけたいわけでも、終わりを見据えてるわけでもないから、「そのための」ライブはしない、と。
どこまでも前向きで、ファンに向かって、そーいう拘り(ワガママ?)を押し付けて。
それが何よりも“らしいな”って思わせる部分で。

ほんっとにサイテーだなって思ったし。
サイコーに好きだなって思った。

“アイドルバンド”TOKIOを好きになって、本当によかった。



TOKIOへ。
貴方たちの音楽に魅せられたのは、本当につい最近です。
20周年を迎えた2014年。突然貴方たちのことを好きになり、いつか音楽やってる姿を見たいと夢見ていました。
TOKIOの音楽”を見たいと願ってきた私にとっては最悪の事態が起こりましたが、
TOKIOの音楽”に惚れた私にとっては、何の異論も後悔もありません。
貴方たちの音楽と人生に惚れた私ですので、貴方たちが“アイドルバンド”TOKIOを大事にする限り、ずっとずっと大好きです。
貴方たちに魅せられてよかった。
いつか、遠い未来のどこかで夢が叶う日がくることを心の片隅で願っています。


リーダーへ。
私の、最愛の人へ。
TOKIOに惚れ、TOKIOの音楽に惚れたのはつい最近ですが、貴方のことを好きになったのは実は20年以上も前のことです。
お茶の間で鉄腕DASHを見ていて、当時小学生でしたが私は貴方のことを好きになりました。
以来ずっと、理由もなく貴方のことは特別に大好きです。
TOKIOの音楽に惚れた時、ギターを弾く貴方に2度目の一目惚れをかましました。
それから、貴方が夫となり父となるところを見てきて。
まさかその肩書きに“社長”が増えるなんて思いもしませんでした。
これまでどの瞬間でさえ何ら変わらず貴方は私の最愛の人だったんだから、きっと死ぬまで貴方のことが大好きです。
いつか、貴方がギターかき鳴らしているところをこの目で見られますように。
髪の毛、大事にしてください。
その日が来たとき、気合い入れてリーゼントにするところ見たいですから。



そして、5年前の私へ。
20周年のライブは色々とバタバタしてて行けなかったけどいつかライブしてる姿見たいな〜と思いFCに入った私へ。
私が惚れてしまったバンドはサイテーです。
ライブ会場でAMBITIOUS JAPAN!を聞いて、ベイベとぐっさんの掛け合いの部分を聞いて歌声の美しさと力強さに崩れ落ちて泣く日を夢見ていることと思いますが、残念ながら今のところその夢は叶っていません。
少なくとも今のところは、叶う兆しもありませんw

ですが、彼らの音楽に魅せられ惚れ込んだことを後悔する日も、1日だってありません。
バンドグループTOKIOの音楽をこの身で浴びる日を迎えることなく、彼らは次のステージへ進みます。
しかし、ファンになったことを1度だって後悔なんかしないし、私が惚れたヤロー共はどこまでも私が惚れたヤロー共であることを貫き通してくれますので、安心してTOKIOを好きだと胸張っててください。


# 旅立つ人に栄光あれ